はげた話。

久しぶりにかなりのカルチャーショックを受けた。精神的なやつである。それは先週の月曜日のことで、今思い出しても思わず、うえええっとなりそうだ。

その日、職場に行くと同僚のアメリカ人がいなかった。そして他の同僚が言った。

「彼女は辞めたよ。もう来ないよ。」

と。土曜日の仕事終わりに辞表だか手紙だかよくわからないけど、何か一筆を残して去っていったそうだ。何故一番たくさん人が来る週に、それを知っておきながらそんなことができるのか……。「2 weeks notice」とか言う単語を聞いたことがあるけど、アメリカとかも仕事を辞めるときは最悪何週間か前に知らせて、後任とか引継ぎとかのめどを立てるのではないのか?!

いきなりドロンて、あなた、どういうことですか。

と、問うてみても本人はいない。理不尽さだけが渦巻き、彼女の仕事ぶりを振り返ってみたけど、よく上司に怒られていたよな、とか、何度も同じミスをしていたよな、とかマイナスなことばかりが思い出された。ただでさえ、彼女のできないところやダブルチェックをする役が回ってきていて負担が増えていたのに、欠員となると私は一体どうなるのだ、と目の前が暗くなり、背後で「後任希望の子がもしかすると8月下旬にはくるかもしれない」と話されているのが聞こえたが、まだ1か月以上も先のことだ。そんな暗雲立ち込める中で「彼女の仕事を全部引き受けるのはフェアではない」と思わず口をついて出てしまい、それで上司の怒りを買ってしまい、結局私がキレられるという何ともとほほな一日なのであった。必死でバックアップしてその日を乗り越えようとしているのに、なんだ、この結果は。理不尽さにはげそうである。

そして、奇跡的に(彼らに言わせてみれば簡単なことらしいのだが)、翌日には後任が見つかった。こんなに早く見つかるのならば、昨日あんなことを言うんじゃなかったと後味の悪い感じだけが自分の中に残った。

そして、ドロンした彼女はなんと次の仕事をちゃっかりと見つけていたという事実がわかり、唖然とした。なんてしたたかなやつなんだ。しかし、それよりも驚いたのは上司の口からさらりと出てきたこの言葉である。

「彼女は、いつもミスをしていて自分の力を発揮できていなかったからきっとハッピーじゃなかっただろう。彼女も新しい職場で活躍できればそれはいいことだし、それによって迷惑をこうむっていた私たちも困っていたからいなくなってちょうどいいじゃない。そして、我々も幸運なことに後任を見つけることができたから、みんなハッピーだな」

メヒコ生活が長くなってきて、まだまだ驚くことが飛び出てくる日々ではあるが、この発言と考え方には思わず閉口してしまった。ものすごいカルチャーショックである。

新しくやってきた同僚は、ものすごく朗らかでフレンドリーでドレッドヘアーが腰くらいまである紳士的な人で、一緒に働くのが楽しい。

そんな激動の平日を経て、週末は職場の同僚に誘われて彼女の村のお祭りを見に行った。


サングレデクリストというお祭りで、その村の踊り「ダンサデプルマ」という踊りが披露されていた。踊り手は村の青年で、3年ごとに変わるのだそう。この踊りは、頭に大きな飾りをしているのにもかかわらず、びっくりするくらいにぴょんこぴょんこと跳ね回るので迫力満点で、オアハカの数ある伝統的な踊りの中でも大好きなものなので、近くで見れて大興奮だった。

小さな女の子たちもちょこまかとめちゃくちゃ踊っていて感心した。友だちの解説をききながら見たので、踊り子ではないけど牛みたいなお面をつけたひょうきん者のおっちゃんたちの役割も聞くことができて、さらにお祭りを楽しむことができた。



そして、お祭りなので夜店や屋台もたくさん出ていて白マイケルとうれしい再会も果たすことができた。台湾で夜店で遊ぶことの楽しさに味を占めたので、今までは誰かが的に当ててから動き出すマイケルを見ていただけだったが、今回は自ら射的をしてみた。そして、台湾で鍛えた成果なのか、コツをつかめば結構簡単にマイケルの的に命中させることができたのだった。おかげで3回くらいマイケルを躍らせることができて爆笑だった。


そして、夜店の中には定番の移動遊園地もあった。「ドラゴン」という舟形の上下に揺れて最終的にはぐるんぐるんと回るというものが一番激しそうでおもしろそうだったので、すっかり調子に乗った私と友だちは乗船した。誘ってくれた同僚は、「やめとく」と乗らなかったが、それが正解だったかもしれない。

移動遊園地で働いているのは、いかにもその辺の兄ちゃんといった見てくれの人ばかりで、しかも機械の操作を1人が2~3個の機械の間を行ったり来たりしているのである。最初はぐるんぐるんと回って純粋に楽しかったのだが、やたらに回る時間が長い。(実際には、兄ちゃんがいないのでほったらかしというだけなのだ。)そしてようやく止まったと思ったら、いちばん上でストップした。もちろん隙間だらけのイスである。手で棒を握りしめて体がずり落ちないようにぐっと力を入れるのだが、1分、2分たっても機械が動き出す気配がなかった。向かいに座っていたメヒコ人の少し小太りの男の子の顔も、重力と自分の体重に引っ張られて顔がみるみる歪んでいくのが分かった。それと同時に、自分も同じなのだろうと確信した。そして、機械の電気がふっと消えた。

「お、終わった……」

本当に機械の故障かと思った。このまま放置で、体力がなくなってこの乗り物から落下するのだろう、と思った。たぶん、実際はそんなことないけど、体感時間にすれば10分以上は放置された心地である。そしてようやく、お兄ちゃんがてくてくと戻ってきてレバーを引くのが見えた。

ああ、これで降りられる、アディオス、と思ったのもつかの間。機械は逆回転を始め、みるみる速度を上げていく。もう、脳みそはめちゃくちゃである。のどもかれそうだし、気分も悪く、最悪乗り物に乗りながら吐くのではないかと思った。

そして頭にぐるぐると回ったのは、この間教えてもらったスペイン語のことわざ。

「好奇心が猫を殺す」

というやつだった。

それから何分間ぐるぐるやられたのかわからないが、ようやく、本当にようやく、地獄から解放され、その後は放心状態だった。しばらく休んでから最後のメインイベント、花火の打ち上げに向かった。


トリートと呼ばれる牛型の張子に回転花火や爆竹を仕掛けたものをもって音楽にあわせて踊ったり走ったりするものから始まり、最後はその名も「城」という巨大仕掛け花火という流れだった。


めちゃくちゃきれいで、花火が回転したり火を噴いたり日本では見ることができないものばかり、そして距離である。瞬く間に辺りはけむりまみれになり、これは軽い事故のようである。

でも、こんなに近くで花火を見られるのはものすごく興奮するので、思わず前へ前へと行きたくなってしまうのが人情というものだ。

「城」はとにかくすごかった。点火されてから、下の方にある仕掛けがぐるぐるとまわり、だんだんと上の方に登ってくるという大がかりな花火で、職人さんの技をいたるところに見ることができた。フィナーレに近づき、火薬の量もマックスで、あたりはもはや煙で真っ白。その中ひゅーっ、ひゅーっとさらにそら高く打ち上げ花火が上がった。

かと思うと、頭頂部が急に熱くなるのを感じた。反射的に手をやると、指にその熱さが伝わる。手を思わずのけて目で確認すると、軽い水ぶくれのようになっていた。

そう、火の粉が頭に降りかかっていたのである。ようやく理解をしてやばいやばいと頭の火の粉を振り払ったけど、時すでに遅しであった。

手から髪の毛が焦げたにおいがして、頭を触ると一部毛がなくなっていた。

そういうわけで、私ははげてしまった。頭頂部が。これはまさに、ザビエル。(いや、ザビエルほどの規模じゃないけど。)

幸い、1日たって頭を触ると坊主頭のような感触があるので、たぶん髪の毛はまた生えてくると思われるが、ちゃんと伸びるまではちょっとしたはげ状態が続くことになる。かろうじで正面から見ると分からないので、私よりも背の高い人が私の頭頂部を見下ろした場合と私が「ほら!」と誰かに見せた場合のみはげがばれる状態である。

精神がやられてはげになったら絶望的だけど、この火の粉をかぶってのはげというのはまだネタになるからいいことにしよう、と言い聞かせている。ただはげになったのはつらいので、いちいち人に「花火でやけどして今はげてるねん」と報告することにしている。

みなさんも、くれぐれも花火にはお気をつけください。

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